「竹の子の光」

春の朝。
窓の外では風がまだ冷たい。
けれど、土の匂いが少しだけ柔らかくなっていた。

彼女は、 古い家のすりガラスに指を触れた。
「竹の子(たけのこ)」──
もう作られていない、昭和のガラスだ。

縦に細い筋が並び、
光がその間をすり抜けていく。
まるで、地面の下から伸びる芽のように。

台所の隅に灯炉がある。
あめ色の器。
火を入れると、
湯気が立ち上がり、
竹の子ガラスの筋に沿ってゆっくり流れた。

彼女は思い出す。
母が春になると、
庭の隅で竹の子を掘っていたことを。
笑いながら、
泥を払う手。
その指先の温度。

「このガラス、もう作られていないんだ。」

そう呟くと、
胸の奥が少しだけ痛んだ。
でも、痛みの中に、
小さな温かさがあった。

灯炉の火が揺れる。
湯気が筋をなぞるように昇っていく。
その光が、まるで竹の子の芽のように見えた。

「生きるって、
 こうして少しずつ伸びていくことなんだね。」

彼女は微笑んだ。
ガラスの向こうに、
春の光が満ちていく。

人が見失ったものは、
 いつも火のそばで思い出される。