「霞の午後」

午後の光が、 古い家のすりガラスを透かしていた。

指で触れると、 少しだけざらりとして、すぐに滑る。

「霞(かすみ)」

もう作られていない、昭和のガラスだ。

彼女はその向こうに、 誰かの影を見た気がした。
昔、よく話していた人。
今はもう、声も思い出せない。

灯炉の火をつける。
あめ色の器が、 午後の光を受けて静かに輝く。
湯気が立ち上がり、 霞の模様に淡く触れる。

その瞬間、 ガラスの向こうの影が、 ほんの少しだけ近づいた気がした。

「見えないのに、  どうしてこんなに懐かしいんだろう。」

彼女は呟いた。
湯気がガラスに広がり、 模様がぼんやりと溶けていく。

昔の午後、
同じ場所で、
同じ光の中で、
誰かが笑っていた。

その笑い声が、 霞の模様の奥にまだ残っている気がした。

灯炉の火が揺れる。
湯気が淡く漂う。
ガラスの向こうの影は、 もう動かない。

でも、 その静けさが、 なぜか温かかった。

人が見失ったものは、  いつも火のそばで思い出される。