
昔、ある窯の奥深くで、
ひとつのタイルが焼かれていた。
土を練り、
形を整え、
その上に薄く釉薬がかけられた。
釉薬は、
まだ液体のときにはただの膜だったが、
火にくぐることで、
光を受け止める肌へと変わった。
タイルは思っていた。
「私は、光のために焼かれた。」
焼成の熱は、
釉薬を溶かし、
土の表面に染み込み、
やがてひとつの“表情”をつくった。
その表情は、
二つとして同じものがなかった。
あるタイルは深い青を宿し、
あるタイルは淡い緑をまとい、
あるタイルは、
光の角度によって色を変えた。
タイルは、
自分の色を見つめながら思った。
「私は、火と光のあいだで生まれた。」
焼き上がったタイルたちは、
次々と壁に貼られ、
床に敷かれ、
建物の一部になっていった。
けれど、
ひとつだけ、
貼られずに残されたタイルがあった。
それが、
一個の小さなタイルだった。
棚の上で、
そのタイルは静かに時間を過ごした。
釉薬の表面には、
焼成のときに生まれた微細な揺らぎがあり、
光を受けるたびに、
その揺らぎが小さく震えた。
タイルは思った。
「私は、まだどこにも属していない。
けれど、私の色はすでに完成している。」
ある日、
職人がそのタイルを手に取った。
光が釉薬の表面を滑り、
小さな反射が生まれた。
職人は言った。
「これは、長い時間を生きてきた色だ。」
タイルは、
その言葉を静かに受け止めた。
貼られることも、
並べられることもなく、
ただ“個”として存在してきた時間。
それは、
他のどのタイルとも違う、
ひとつの歴史だった。
タイルは悟った。
「人は私を建材と呼ぶ。
けれど私は、
光を受けるために焼かれた器だ。」
そしてタイルは、
誰かの手に渡るその日まで、
釉薬の奥に眠る光を
そっと抱きしめていた。