
火を灯した瞬間、
部屋の空気がわずかに沈んだ。
それは、
照明のスイッチを入れたときの変化ではない。
夕暮れが部屋に流れ込むときの柔らかさでもない。
キャンドルの揺らぎとも違う。
ミニかまどの奥で立ち上がった猩々緋は、
日常の光とはまったく別の領域に属する焔だった。
製鉄所の溶鉱炉、
新釜や登り窯の1000℃を超える燃焼時、
あるいは火山の噴火で見られるマグマの発光などで見られる色だ。
単に赤でもない。
単に朱でもない。
ただ、深く沈んだ猩々緋だけが、
静かに、こちらへ歩み寄ってくる。
その瞬間、
世界がほんの少しだけ遠ざかる。
メールも、
予定も、
積み上がった責任も、
誰かの期待も、
自分が背負ってきた役割も、
すべてが一歩後ろへ下がる。
猩々緋は、
「あなたは今だけ、
ただのひとりの人でいていい」 と、
何も言わずに告げてくる。
三時間の焔
この焔は、三時間だけ続く。
自分のための三時間。
それは、現代人にとって、
渇望してやまないものの一つだ。
お金でもない。
地位でもない。
成功でもない。
自分の心に触れるための、静かな三時間。
時間だけは、誰も増やせない。
だからこそ、
この猩々緋と過ごす三時間は、
豊かな時間となる。
焔は、照らさない。沈める。
猩々緋は、
部屋を明るくしない。
ものを照らす気もない。
ただ、
人の心の底へ沈んでいくためだけに存在している。
見つめていると、
胸の奥の、
誰にも触れられなかった場所が
ふっと揺れる。
忙しさの中で置き去りにしてきた感情。
言葉にできなかった寂しさ。
誰にも言えなかった弱さ。
忘れたふりをしてきた痛み。
それらが、
猩々緋の底にゆっくりと浮かび上がってくる。
泣くほどの出来事ではなかったはずなのに、
なぜか、 目の奥がじんわりと熱くなる。
焔は慰めない。
励まさない。
ただ、
そこに在るという事実だけで、
人の心を静かにほどいていく。
三時間の終わりに残るもの
やがて、
焔は静かに小さくなる。
三時間が終わりに近づく。
そのとき、
人は気づく。
この焔は、
「癒し」ではなく、
「回帰」だったのだと。
自分の心の底に帰っていくための、
小さな入口。
猩々緋は、
その入口を三時間だけ開いてくれる。
焔が消えるころ、
胸の奥に残るのは、
静かな痛みでもなく、
涙の余韻でもなく、
ただひとつ
「自分は、確かにここにいる」
という 小さくて確かな感触。
卓上の猩々緋は
世界でいちばん静かな贅沢だ。
三時間だけ現れる、 特異な焔。
その時間は、
誰のものでもなく、
ただ、
火を見つめる人のためだけに存在する。
今日もまた、
ひとりの人の胸の奥で、
静かに、
猩々緋が揺れている。