火の前での温度

夜の作業台で、男は小さな灯炉に
固形燃料をそっと置いた。

火をつけると、青い炎が静かに揺れ、
工房の空気がわずかに温度を取り戻す。

猫が足元に来て、
火の揺れをじっと見つめた。

昼間、昨夜の投稿をチェックした事務員さんの言った言葉が
男の胸にふっと浮かぶ。

「後悔で成長できる人は、大人ですね」

その言葉は、 火のように強くはないけれど、
じんわりと胸の奥に染みてくる。

男は灯炉の火を見つめながら、 小さく息をついた。


後悔は、消そうとすると重くなる。
抱えようとすると苦くなる。
でも火のそばでは、 ただ“温度”に戻っていく。

猫がゆっくり瞬きをした。
まるで「それでいい」と言うように。

男は湯気の立つカップを手に取り、
ひと口だけ味わった。

「大人ってさ、
 後悔を持ったまま歩ける人のことかもしれないな」

火は責めない。
急かさない。
ただ、そこにある。

男は固形燃料をもうひとつだけ足した。
ぱち、と小さな音がして、 火が少しだけ明るくなる。

その明るさの変化に気づいたのは、 男と猫だけだった。

火の前では、後悔は形を失い、
ただ次の一歩の温度になる。