仮設住宅の朝

寓話:仮設の炊き込み

仮設住宅の朝は、静かに始まる。
壁は薄く、風の音がよく聞こえる。
それでも、そこには人の暮らしがあった。

男は、卓上灯炉をテーブルの上に置いた。
円柱の小さな火の器。
タイルの肌は少し冷たく、
それでも、火を待っているような佇まいだった。

固形燃料を中央に置き、火を灯す。
青く丸い焔が生まれ、
小さな部屋の空気が少しだけ柔らかくなる。

鍋には、米と水と、
刻んだ人参とごぼう、
鶏肉と少しの醤油。
炊き込みご飯の準備は、
いつもより少し丁寧だった。

火は急がない。
米も急がない。
ただ、火は火の速度で、
土は土の温度で、
世界を温め始める。
男は、焔を見つめながら待った。

十五分ほど経つと、
湯気が立ち上がり、
部屋に香りが満ちていく。
それは、仮設住宅の壁を越えて、
隣の部屋にも届くほどだった。

やがて火が尽きる前、焔は小さく黄色く揺れた。
それは、今日の仕事を終える前の
小さな挨拶のようだった。

炊き上がったご飯を、
男は小さな器によそい、
隣の部屋の老夫婦にそっと差し出した。

「少しだけ、炊きすぎました」

そう言って笑うと、
老夫婦も笑った。

卓上灯炉は、料理をするための道具ではない。
人と人の間に、静かな温度を生み出す文化装置 なのだ。

仮設住宅の朝に炊かれた炊き込みご飯は、
ただの食事ではなく、
暮らしの再生の始まり だった。